この世から消えゆくもの
かつて、「黒いダイヤ」と呼ばれた石炭が盛んに採掘されていた頃、それを運びだすために日本各地に鉄道が敷かれた。しかし、「黒いダイヤ」が日本から次々と消えていっている今、それとともに歩んできた鉄道も運命を共にして消えていっている。筑豊地区を縦横無尽に走っていた鉄道然り、そして平成9年3月いっぱいで消えてしまう美祢線大嶺支線然り。
石炭が無くなったから、鉄道の存在価値も無い。それも運命だと言ってしまえばそれまでだが、石炭の運送のかわりに沿線住民の大切な足として存在していたはずである。しかし、それも一企業の「経営合理化」という五文字の前では全くの無力なのである。
2月とはとても思えないほどの暖かさの2月9日の昼過ぎ、私は美祢線南大嶺駅に立っていた。そう、美祢線大嶺支線に乗るためにである。少しくたびれた感じのキハ23形が1両、ポツンと発車を待っていた。いかにも栄華の跡、ローカル線の光景である。
14時7分、美祢線の上下列車の接続を受け、キハ23形は重い体を動かし始めた。たった2.8キロメートル先の終着駅−大嶺駅を目指して・・・。「黒いダイヤ」を運送するために敷かれた2本の鉄の上を着実に・・・。たった2.8キロメートルでも、当時は鉄道を敷く価値はあったのだ。
美祢線本線とわかれる。本線は急カーブで右方向に消えていった。そう、支線であるはずのこの線は真っすぐ直進しているのだ。本線よりも先に敷かれた支線・・・。なぜなぜ?それがこんな姿に?どうして?本当に消えてしまうの?わからない・・・。誰か、教えてくれ・・・。
左に大きくカーブした。のどかな風景が広がっている。都会の雑踏など知る由もない風景が…。その中を、一定のリズムを刻みながら列車は進む。あたりまえの風景の中を、あたりまえの事として・・・。
右に緩やかにカーブしている・・・。列車のスピードが落ちてきた。目の前に車止め標識が見えてくる。ちっぽけな、それでいてどっしりとした構えのホームと駅舎が目に入った。
14時11分。キハ23形は体をふるわせながら足を止めた・・・。美祢線大嶺支線2.8キロメートルの終着、大嶺駅。かつて「黒いダイヤ」の運送で賑わった駅・・・。駅長をはじめ、大勢の職員がいた駅・・・。しかし、今、私の目に映っているのは、2本の鉄。誰もいない駅舎。草が生い茂った膨大な空き地・・・。当時はとても想像もできなかったような光景が広がっている。あたりまえの風景の中、あたりまえの事として・・・。
平成9年3月31日。この世からまたひとつ、過去の栄華を語るものが消えゆく・・・。
あたりまえの風景の中、あたりまえの事だったものが・・・。
人が造ったシナリオ通りに…。 |
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